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心と体

2013年6月28日 (金)

アルコール依存症。

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まず最初に、これは完全なる私の愚痴です。
同じ『病気』をもった方にはお目障りかと思いますので、これより先は読まずに閉じてくださいo(_ _)oペコッ
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タイトルにある通り、『アルコール依存症』についてです。
私自身もかなりの酒好きなので、酒飲みの気持ちは大体分かるつもりです。

でも、本物の『アルコール依存症』となると、酒好きとは全然別物。
そんな人と26年間一緒に仕事をしてきました。
細かく書くとキリがないけれど、会社を潰してしまうような言動もしばしば。

当の本人に家族はいません。
40代で離婚し子供も別れた奥さんのほうへ。
家族が背負うべき問題も、仕事のパートナーと言うだけで私に回ってきました。
「いつか、わかってくれるだろう」と言う思いで
やってきた私にも罵倒の言葉しか出ない。。。病気なのです。
最終的には「病気だからしょうがないだろう!!」で終わります。

そこで、ホンの少しだけ調べてみました。。。『アルコール依存症』

ネットで調べて出てきたものの抜粋です。
記事にするべきか、ずいぶん前から悩みましたが、無知な自分のために記事にします。

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病気の本質
(飲酒のコントロールを失っていく病気)
・飲みだすと適量では切り上げにくくなっていく
・酒が切れると無性に酒が欲しくなっていく
・飲酒後のコントロールが効かなくなっていく
・飲んではいけない、飲まない事が明らかに良いと分かりながらも「つい一杯」という事が多くなっていき、
 次第に大きな犠牲を払ってでも飲酒を選ぶようになっていく

★回復していないアルコール依存症者は、最も飲んではいけない時に飲みつぶれる事の天才!

・最後には、飲んでいるかアルコールで寝ているかどちらかという「連続飲酒発作」に陥る。

☆ 「病気」の本質はコントロール障害!

原因は、アルコールが 「依存性薬物」 であり、飲酒を続けるにしたがって、心身の囚われが出来ていくためです。

☆ この心身の囚われを「身体依存」「精神依存」と呼びます。

☆アルコールに対する “心身の囚われ” によって飲酒のコントロールを失うから 「アルコール依存症」 なのです。

<治癒しない病気>
一度この病気になると、殆どの方は、もう一度飲酒を始めると、最も悪かった状態に逆戻りします。
例え長年の間、飲まなかったとしてもです。そういう意味で「治癒」しません。

「この世の地獄を見たければ酒害者の家庭を見るがよい
この世の天国を見たければ断酒家の家庭を見るがよい」
・・・松村春繁氏の言葉・・・

<誤解と偏見が多い病気>
アルコール依存症には、多くの誤解と偏見があります。
最も多い誤解と偏見は、いわゆる「アル中」イメージに基づくものです。
多くの人が「アル中」という言葉から受ける印象とは、下記のようなものではないでしょうか?

「意思が弱い」
「人格的に問題がある」
「酒を飲んで暴れる」
「常にアルコールを飲んでいる」
「手が震える」
「酒の為に幻覚が見える」
「酒の為に精神病院に入院したことがある」
「酒を止める気持ちがない」
「酒の為に仕事を失った人」
「昼間から公園で酒を飲んでいる」
「朝から酒を飲んでいる」 etc

・朝酒や、はっきりした離脱症状の有無、いわゆる“酒乱”など酔い方の異常の有無が、
 アルコール依存症か否かの絶対的な判断の材料ではありません。
・常に飲酒をしているとも限りません。
・飲酒量でも、アルコール依存症か否かの判断はできません。要は、コントロール障害があるか否かです。

*アルコール依存症のコントロール障害は、人間の意志力を大きく上回っている もので、
 「アル中」イメージにあるような「意思」の問題ではありません。

ほとんどのアルコール依存症者は、これらの「イメージ」にあるような特徴の一部分は持っていますが、
このイメージの多くに該当するアルコール依存症者は、よほど病気を拗らせた人以外にありません。

「否認」の病気であるアルコール依存症者にとって、うってつけとも言える「否認」の材料となります。
「私はまだ ○○ はないから」etcと。

さらに、周囲の人にとっても、
アルコール依存症という病気として正しく捉えられないなら正しい対応は不可能です。

まだ病気であると知らず適切な支援を受けていないご家族などは、
必死になって目の前で起こっている問題を解決しようとします。
しかし
「人を巻き込む」病気ですから、「巻き込まれ」行動をとってしまうのです。

このようにアルコール依存症への誤解と偏見が、アルコール依存症者自身に正しい治療を受ける機会を妨げ、
周囲の人も、正しい行動を起こせず、病気の進行を、それとは知らずに後押ししてしまうのです。

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。。。と、大体のことは理解できました。
でも、理解出来たからと言って、協力出来るかどうかは別物です。

上記にある通り、「否認」の病気。
人生の全てが「ウソ」と言っていいほどです。
60歳を過ぎてから東京生まれから北海道生まれにかわりました。
50代で買ったマンションのローンも「ない!」と言っていたものが
67歳の今も残っています。
「出来る!」と言っていた仕事もギリギリになって「出来ない」にかわります。
こんなこと、人に話しても笑い話で終わります。
でも、これが現実に毎日繰り返されるのです。

家族でもない人間が「巻き込まれ」行動をとってしまったと言うことなのでしょう。
私自身が自分の人生を見つめなおさなくてはいけない時がきたようです。